雄別にはズリ山がない

※「雄別にはズリ山がない」は、みわ氏に作成して頂きました。

 

<突然の閉山の論拠の一つ、ベルトコンベアによるズリ捨て>

先般好評だった映画「フラガール」が地上波で放送され見ました。冒頭はズリ山特有の円錐か四角錐の斜面がくっきり映り、その斜面での女子高生の会話である。フラガールは常磐炭鉱が坑内から湧く高温温泉を活用し、石炭以外の多角化として常磐ハワイアンセンターを建設し、炭鉱従業員の子弟をダンスの踊り子に採用し事業を成功させた実話をもとにした映画である。随所に上記のズリ山、そこから見た眼下の炭鉱住宅群や炭鉱施設が出てくる。もちろん坑口からの人車の乗り降りも出てくる場面や詰所(常磐炭鉱では世話所)前もでてきて貴重な炭鉱遺産ともいえる映画である。

坑内から搬出されるものは、石炭とともに岩石や土砂である。選炭場で製品になる石炭はホッパーに収められ、製品にならない石炭や岩石土砂は捨てられる。この捨て場がどんどん膨れ上がり山になる。これがズリ山である。九州ではズリと呼ばないでボタというのでボタ山と呼ぶ。

常磐地区だけだなく九州でも夕張空知でも、閉山から数十年たっている現在でもズリ山は自然の山とは異なる姿からそれなりの炭鉱遺産として残っている。ズリ山に歩道をつけ観光資源としている行政もあるほどだ。炭鉱が生きていた時のズリ山は周囲の木々に恵まれた山々と違い草木一本生えていない土砂の「山」で一見しただけでその得意な山の形もあり自然から浮いている感じがするものである。いまはそこに樹木が生え周辺の山と同じような感じもする。

雄別炭礦にはこの炭鉱特有のズリ山は見られない。雄別は舌辛川を囲む自然が眺められ、人工のズリ山が見られないせいか、のどかな山間の風情が眺められるだけで自然が癒しになっていたものである。とは言っても雄別炭礦でも大量の石炭以外のものが搬出されるのだからその捨て場は当然存在する。このHPの選炭場編に写真があるが、選炭場から伸びているベルトコンベアが捨て場まで延びており、このベルトコンベアに乗って土砂が運ばれ、山の反対側の徹別側に捨てられるのである。このため雄別側からは捨てられた土砂(ズリ山)は見ることがないわけである。

私はズリを見るために一度だけベルトコンベアに沿って付けられた斜面の山道を登ったことがあるが、まさにハイキングコースそのものであった。急な勾配にあえぎながら登ること(多分)15分か20分で、尾根にたどり着いた微かな記憶がある。

実はベルトコンベアの設置は閉山間際の昭和42,3年ごろだったと思う。それまでは同じコースをロープウェイ(索道)によるパケットだった。(ベルトコンベア設置時期を知っている人がいれば教えてください)もし経営者が閉山のことを少しでも考えていたなら、わざわざロープウェイ方式を変更し、高額なベルトコンベア方式の設備投資をするわけがない。将来を見越したベルトコンベア方式への変更は、閉山直前の新世代自走支保導入とともに「突然の閉山の論拠」とも言えよう。
・・・・・・・・・・

炭鉱開設により、それまで原野だったところに1万2千名の街ができたわけだから、人工的に平地を作らないと建物を建てることもできない。それゆえ坑内から搬出されたズリを使って今の土地を整地したことは論を待たない。
それゆえズリによる整地跡は随所に見られた。このHPの大量の写真を見ると、杉山副長時代のページの中学校の写真の中に、道路を望む背景にグラウンドを道路から仕切る土塁(土手)が見える。これがズリによるものである。