雄別の生活:たばこ屋

「タバコ屋」というと看板娘という言葉を連想しますよね。雄別にも「たばこ屋」はありました。雄別炭山駅舎を出ると指定商店街があります。駅舎から直進し最初の角を左折すると職員住宅の山の手で、右折すると協和会(映画館)・協和会別館(砿員向け宴会場)・神社・土俵です。この角が「たばこ屋」でした。

大野たばこ屋という名前だったと思います。看板娘が座ってました。当時20代だった私から見て相当な高齢で、現役の看板娘ではなく元看板娘で、正確にいうと看板婆でした。当時の阿寒町長の母親という話でした(ちょっと自信ない)今思うと70代でしょうか80代でしょうか。

ハイライトが主流になり始めのころでした。贅沢したい時はピーカン(ピースの50本缶)を買いました。缶の蓋を取り、銀メッキしてあるブリキを蓋に付いてある冶具で切り出して、最初にやることは50本詰まっているピースの香りをかぐことでした。

<この大野たばこ屋の思いでは、ある時・・・>
(看板婆)「お客さん、葉巻吸いますか」
(私)  「まあ吸わないわけではないが・・・・」
(看板婆)「少し安くしますよ」
(私の内心の心)「(ここで断ると次から買いにくくなるな。人間関係を維持するために買うとするか)」
(私)  「安くなるなら買いましょう」
と買ったわけです。細身のシガーでした。
(お金を払ったあとの看板婆のつぶやき)「仕入れたんだけど、売れなくてお客さんが買ってくれて良かった」

当人がまだいるときに言う言葉じゃないだろう。正直というか人を馬鹿にしてるというか、年寄りの看板娘には当時若かった私はかないませんでした。