当時の若者は・・・

当時はどの会社も週休1日でした。営業や官庁は土用半ドンでしたが、工場や「炭砿」は土曜日も通常どうりでした。連休になるのは年に2回。そうです、年末年始とお盆でした。

ここでは炭砿で働いていた一人の若者が、お盆を利用して趣味の登山を楽しんだ様子を紹介しましょう。
(今は老齢になり趣味からはずしました)

雄別での初めてのお盆連休に、北海道に来たのだから「そーだ京都に行こう!」・・・いや、こういうフレーズのCMは当時はありませんでした。
閑話休題です。計画したのは北海道の屋根、大雪山の縦走でした。大雪山から十勝方面のトムラウシに下りるルートです。計画するということも楽しみの一つです。周囲に話していると、坑内の掘進をしている人が一緒に行きたいと言ってくれました。初めての登山ということで釧路まで行き寝袋だけ買ってもらうこととしました。

そして出発。留辺蕊の焼肉屋というかホルモン焼きの店で夕食し、その2階で500円で泊めてもらうこととしました。北海道を旅するバックパッカーとまちがえられたみたいです。翌日バスで登山口へ。高度をかせぐと高山植物の女王と言われる「コマクサ」が迎えてくれました。初めて見るコマクサの淡いピンクに感激しました。そして夕刻になり、どこにテントを張るか物色。適当な場所にテントを張りました。今なら熊の出没で野営など出来ないと思いますが、当時は今ほど熊と人間の間に緊張感がなかったような感じがします。夕食はインスタントラーメンにソーセージと野菜を入れたものでした。
次の日も一日歩くのみですが、自然の変化に退屈などしなかったのですが、同行者は初めての登山がテント生活の縦走に驚いたようでした。大雪山の良さをたっぷり味わい、さらに一日かけてトムラウシへ下りて、トムラウシ温泉に到着したときはホットしました。温泉の人から大雪山から来た人は珍しいと無料で温泉に入らせてもらいました。トムラウシからバスで帯広に出て雄別に戻りました。3泊4日の行程でした。

翌年のお盆は知床の羅臼山登山を計画しました。昨年同行した人を誘いましたが断られました。テント生活のひどさ、荷物を少なくするため食事のひどさ、ホルモン焼きの2階に泊まるずうずうしさと、歩きの大変さに耐えられなかったのでしょう。彼の感想が広まったのか、誰も誘いに応じてくれず結局単独での羅臼岳登山となりました。熊にも遭遇しませんし鹿にも会いませんでしたが、野鳥と植物が迎えてくれました。大雪の景色も良かったですが羅臼からの景色はそれに海が加わりますからなんともいえない嬉しさでした。

<番外編>
皆さん、摩周湖に行かれた方はご存知と思いますが、展望台から湖を眺めると眼下にポツンと島があり、対岸に奇妙な形をしている山がそびえてます。頂上が尖ってる独立の山です。この山が摩周岳です。摩周岳には6~7回登りました。土曜日勤務を終えて雄別鉄道に乗り、釧路から釧網線で川湯温泉駅へ。川湯に雄別炭砿健康保険組合の保養所があるのです。この保養所に泊まり、翌日バスで摩周湖展望台までバス。そこから摩周湖を巡り摩周岳に登ります。安い宿泊場所(保養所)もあるし、手ごろだったので、もっと回数が多かったかもしれません。
初めて行ったのは5月の黄金週間のときでした。世間ではゴールデンウィークですが、炭砿はあくまで日曜日のみが休みでした。湖をまいて歩いていると雪道になりました。中腹まで歩くと雪はなくなります。それだけ風が強くて積もる雪の量が少ないから溶けてしまったのです。摩周岳は展望台からみる姿のとおり、頂上に近づくほど急な傾斜になります。頂上に立つと摩周湖が一望でき感激します。展望台からは見えない裏摩周まで湖全部が見渡せられるのでした。この最初の時は摩周岳をなめていたのか、わずかな水とおにぎりだけしか持って行きませんでした。下山するに従い、のどの渇きが激しくなりました。雪は道の周囲にあるのですが、健康を考えると少量しか口にできません。展望台まで戻り売店でコカコーラのビン(当時はビンしかありません)を一気に飲み干しました。それでも体はもっと水分をよこせとねだるのです。もう1本一気飲みです。
今はコンクリの立派な売店ですが、私の記憶は建物はなく木の板の上に売り物を並べていたような覚えしかありません。

前述した大雪に同行してくれた彼を、大雪とは違い川湯保養所で温泉につかっての「ハイキング」だからと、摩周岳に連れて行ったことがありました。しかしそれ以来彼は一度も登山に一緒に来ることはありませんでした。(他の登山は省略)