雄別での思い出は「車が転落」

昭和42年だったと思います。夏の土曜日に若者だけで阿寒湖にキャンプに行こうと計画しました。はっきりとは思い出せませんが男6人、女2人に加えて現地集合として釧路営業所から男1人、女4~5人です。最高年齢が26歳か27歳で、年少は18歳でしょうか。
週休2日制ではありませんので土曜日午後3時の就業後、汽車(雄別鉄道)で阿寒町に出てバスで阿寒湖へ行くのですが、テント他の荷物があるので何処かから1トン積みぐらいのトラックを借りて、男3人が後から出発することになりました。

(注)3人目の男性は「覚えてない」というのですが、私の記憶優先理由は後刻に判明。

運転は私の同期、私は助手席。気分はハイ。スタート前から話が弾みます。
雄別中学校をすぎると人家は布伏内までありません。話に夢中になっていたためでしょうか、中学校を過ぎて最初の右カーブを曲がることなく直進したため、あっという間に道路を飛び出しました。少し登りになっていたのですから、2メートルぐらい下の河原にどんぶらこと飛び出してトラックは横転しました。その時の感想は、ふわっと浮きあっっっという声がもれました。

先年雄別を訪れた時に現地を見ましたら、丁度このカーブの山側にさび付いた標識が立ってました。道路から川を見ると、30数年の歳月により潅木が生い茂ってました。当時は木は一本もない草原なのに、様相が全く変わっていました。

神様がいたのでしょうか、誰も怪我一つなく横転した車から脱出。神様がいたなら道路から飛び出す事故を起こす事もなかったでしょう。
それからが大変です。とにかく阿寒湖に行かなくてはなりません。車は転倒したときはスピードも落ちていて、草むらにフワット倒れたのでへこみもありません。火事場のくそ力で車を起こしたのです。男2人でなく3人だからこそ出来たと思います。エンジンをかけると動くではありませんか。草むらから道路までの斜面は車をローに入れ、残る男は車を押し、なんとか道路に這い上がり無事阿寒湖に到着。

雄別に来てから知り合った阿寒湖の友人も参加し、その父上が前田一歩園の幹部をしていたので、そこから廃材をもらい、夜通し燃やしながら話したことを覚えています。深夜お酒がなくなり阿寒湖畔のバーに、これまた前田一歩園の名前を出して、ウィスキーを原価でゆずってもらったことも思い出です。

楽しいキャンプは終わりましたが、あのトラックはファンベルトが外れていて修理に出されたそうです。運転手役の同僚からその事を知らされたのは、半年ぐらい後のことでした。修理代を払っていませんから、彼が責任を感じて支払ったのでしょう。