石炭庫

住民の燃料は、昭和43年頃までは石炭(1トン5円だった記憶がある)で、その後豆炭に切り替わったと思います。住宅には、石炭庫があり、 最初は石炭庫の前にトラックが石炭を降し、住民が石炭庫に入れていた(これは大変な作業で子どもの自分の最も苦手なお手伝いでした)が、その後昭和43年には、トラックが石炭庫に直接入れてくれたような記憶があります。
そして、出た灰は家の周りに敷き詰めたと記憶しています。