親子でSL運転室

母によく言われます「よくそんな事まで憶えているね」。でも私にとって楽園だったんです。人に出来ない経験もしました。汽車に乗り遅れそうになった時、機関士の方が私達親子を一番前の運転室っていうのかな、そこへ抱えあげるようにして乗せてくれました。石炭をくべる赤い火を見ながら古潭まで行きました。

グッピーという喫茶店で、水槽にいる当時珍しかった熱帯魚をじっと見た思い出もあります。購買の魚屋に母が働いていたせいもあり、よく行きました。

小さい頃は父とよく風呂(公衆浴場)に行きました。しっかり温まらないと冬は髪の毛もタオルもバリバリに凍るから、帰りは急いで帰るんですよね。

雄別で私が住んでいたのは一区緑ヶ丘三丁目です。購買の前に道路と線路があって踏み切りを渡って川にかかっている木の橋を渡ると緑ヶ丘です。
川が大好きで沢山遊びました。選炭場から水が流れてくる為、粉炭で川はまっ黒・・・でも、ウグイとかドジョウとかいっぱいいたよ。川にはあちこちに粉炭だまりがあってそれで泥団子をたっくさんつくったよ。乾くと不格好な豆炭の様になるんだよね。