昭和40年夏の大雨災害

昭和40年夏(月日覚えず)大雨が降り夜停電になったので事務所に向った。

その当時私は寮が満室のため合宿所の隣の社宅に4人で生活していた。
通常の道を通らず社宅の並びの谷筋を(停電のため真っ暗)下りていると、
ずぶっと腰まで浸かってしまうではないか。谷が土石流で泥沼化していたのだ。

ようやく本来の道に出て1区の詰所前を通ると、1区の詰所がいわば災害対策本部のようになっていて、多くの人が詰め掛けていた。急いで・・・

1、住宅の状況把握
2、坑内の影響の把握・・・・損害はなかった。
3、鉄道の状況把握

・・・の指示がでたが、睦橋が落ちたのか橋の板がとれたのか渡れないという報告に、詰所の中にいた満員の人は氷ついた。

その時労務のトップの人が「人命が大事、1軒づついなくなった人がいないか聞いてまわれ」と指示して一挙に詰所から人がいなくなった。

結局人身事故はないことが分ったが徹夜してしまった。
どろだらけのズボンは捨てた。