6.雄別定年後の生活設計の悲劇

<定年に備えて土地を買って閉山の悲劇>

雄別炭礦の閉山以前、定年退職が近い人たちの将来の人生設計をどうしていたのかお話しましょう。

1万名以上が住んでいた雄別の敷地は炭礦のものでしたから、退職すると雄別から離れていかなくてはなりません。近いところでは阿寒町の本町や、釧路に転出していきます。遠いところでは子供が札幌にいるということで札幌に行く人もいました。そろそろ年がいくと、自分の退職後の人生設計を考えるのは当然でしょう。

当時若かった私は、定年なんて頭の隅にもありませんでした。同じ職場だった方が定年後の将来のために土地を買ったと嬉しそうに話し出しました。奥様は保険の加入勧誘の仕事をしているらしく、ご本人の定年後も奥様が雄別で保険の仕事を継続するために、雄別に近い釧路の土地を探していたのだそうです。
場所は雄別鉄道の山花駅前に造成した分譲地とのことでした。当時の定年は56歳でしたから40歳の後半ぐらいの方だったのでしょうか。山花駅前だから雄別にも釧路にも交通の便が良い、山花地区始めての分譲地のため周囲にはまだ人家はないが、これからの土地で安い、とニコニコ顔で説明されました。

この方のように定年後の住居確保のために土地を探している人を対象に、釧路の不動産屋は雄別に営業にきてたようです。
閉山の数年前のことだったと思います。

閉山になってみると雄別鉄道も消滅してしまいましたから、駅前だったところでも原野のなかになるわけで交通の便も最悪となり資産価値はほぼゼロになってしまったのではないかと想像します。私の同僚だけでなく、あそこの土地を買った人は資産価値が限りなくゼロになってしまって、まさに二重の悲劇だったでしょう。
今、山花駅のあったあたりはどうなっているのでしょうか。あそらく造成された分譲地は放棄されたのではないかと想像しています。資材倉庫や機材の捨て場ぐらいしか使い道はありませんから。