7.雄別の生活:理髪店

雄別地区には理髪店は私が知ってる限りでは2軒だったと思います。布伏内地区にもきっとあったと思うのですが、雄別地区に住んでいたので知りません。
1軒は駅前指定商店街の中に、もう1軒は3区にありました。3区の詰所のすぐ裏の社宅(4軒長屋)の角が理髪店でした。3区・4区の居住者で商売が成り立っていたのでしょう。ご主人は西村さんという方でしたので「西村理髪店」という名前だったのでしょう。

ここでお話するのは、炭砿の理髪店の「はさみ」の寿命は他と比較して短いということです。

ある時、雄別(布伏内含む)の理髪店主全員が、会社に値上げ申請に来ました。私はそれを知り「散髪料金まで会社が決めているなんて」と、びっくりしました。炭砿って普通の会社とは違うものだと思ったのです。
その交渉の店主側の代表が西村さんでした。粘り強く値上げの要請をしていましたが、その根拠は釧路市内の理髪店よりも「はさみ」「バリカン」の減りが早いので、コストがかかると言うものでした。
坑内で働く人の髪の中に、風呂でも洗い落とせなかった炭塵(石炭の細かい粉)が残っていて、はさみ類に当たると刃こぼれが起きやすく、刃物を研ぐ度合いが多いからだそうです。

結論は西村さんの完勝といったところです。この文章を書いていながら「社宅を与えられていたんだから、住居費・石炭代その他釧路市内の理髪店よりも安価に生活できていたわけで、はさみの磨耗に要する費用と相殺していたのではないか」と思うので、西村さんの主張には穴があるのではないかと思ってもみました。

布伏内には何軒の理髪店があったのだろうか。私は男なので「美容院って雄別にあったのだろうか(あれだけの人がいたのだから、あるはずです)」と思う今日このごろです。