8.謎のアメリカ人

鉄道オタクは昔から多かったですね。最近は「鉄女」なる言葉もマスコミに載るようになりました。ただ鉄道に乗るだけの趣味から、電車に詳しい人、最高は蒸気機関車マニアでしょうか。

1965年か1966年頃のことでした。雄別炭山駅から電話がかかってきました。「外国人がしゃべっているのだが分からないので助けてくれ」というのです。寮にいる寮生に声をかけ駅に向かいました。

誰も会話は出来ないものの、単語やボディランゲッジで聞き出すと、その人はアメリカ人で雄別鉄道の蒸気機関車や電気機関車、客車、貨車を見に来たとのことでした。アメリカ人にも鉄道マニアがいるのですね。アメリカ人にまで知れ渡っていることが分かった雄別鉄道の全面協力で、機関車のある建物(機関車庫というのでしょうか)まで案内してもらいました。頼りない通訳(我々寮生)も一緒に。

くだんのアメリカ人は、SL他を見つけて興奮したせいか早口の英語になり、さっぱり分かりません。通訳を期待されてる我々は英語もさることながら、鉄道用語の「日本語」が分からないのですからお笑いです。SLはsteam locomotiveぐらいしか用語が分からず、デイーゼルカーはdiesel carとそのままで通じるのか試したり、まさにてんやわんやとなりました。
頼りは1年先輩MUさんが持参してきた英語辞典でしたが、これが和英辞典でなく英和辞典だったために、さっぱり役に立たなく、結局行き当たりばったりで説明せざるを得ませんでした。

成立してるとは思えない会話でしたが、アメリカ人も興奮がさめてだんだん意思の疎通がはかれるようになって、SL・石炭専用貨車(セキ)・DC・客車の順番に興味を持たれたような気がしました。説明もはずみがつき、コッペル社の機関車には「かわいい」と乗り込み写真を撮ってあげました。私自身にとっても、鉄道に対する知識が初めて知りえた効果がありました。

でもアメリカ人への通訳よりも、雄別鉄道の人の説明を日本人の私が理解するために、鉄道の人とのやり取りが通訳時間よりも異常に長かったことです。鉄層の方にあきれられました。

雄別でアメリカ人を見たのは、これが最初で最後でした。