雄別炭礦遺産探訪-序文

序文

かつて、阿寒町の主力産業の一つであった「雄別炭礦」は、昭和45年2月27日の企業ぐるみ閉山に伴い、現地は無人地帯となり一部の遺構を残すだけの廃墟となった。

使い道はないと思われていた「炭鉱遺産」は、近年になり九州や空知管内の旧産炭地で「観光資源・生涯学習」としての活用が進められていることを知り、雄別炭礦も「まちづくり・地域活性化」に活用できるのではないかと考えていた。

そのような中、平成19年11月30日に雄別炭礦関連遺産が経済産業省の「近代化産業遺産」に認定され、「観光資源」としての活用の道を開くこととなった。しかし、現地に残る遺稿の状態の詳細について、調査・整理しようという動きは生まれなかった。

観光資源・生涯学習等に活用するにあたり、まず基礎資料を作成する必要があると考え、今回、自己負担(ボランティア)で調査・整理したものである。

現在の雄別は、無人地帯のため草木が生い茂る原野となっている。閉山から40年以上経過すると、当時の道は湿地となり、木が生い茂り、崩れている箇所もある。遺構のコンクリートの表面には厚さ3~4㎝の表土が覆っている箇所もある。次第に遺稿を探すのが困難になりつつある現状と、当時の雄別を知る方々が高齢化のため現地を歩いて案内して頂くことも困難になりつつあるため、位置がわからなくなる前に各遺稿のGPS座標等を調査・整理した。

また、旧雄別鉄道の舌辛川橋梁(鉄橋)について公文書を調査したところ、価値のある橋梁である事がわかってきた。この調査資料をキッカケに、雄別に残る他の遺構についても調査が進められる事を期待する。(※先進地である九州や空知管内の旧産炭地では、一般的に炭鉱遺産は文化財指定されており、所管は教育委員会となっている。)

この調査資料をもとに、まちづくり・地域活性化が取り組まれ、地域住民の「夢と希望」となることを願って。

平成27年 2月

「雄別の歴史」研究会

※本投稿は、平成27年に当会より発行された「雄別炭礦遺産探訪 改訂版」を電子化したものです。

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