廃線一覧

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雄別鉄道の跡

閉山の三ヵ月後に、私が生れた雄別を訪れました。人には、いや、すべての生物にはふるさとへ帰る(りたい、ってみる)習性があるようです。そのあと、釧路を旧友・知人を探しほっつき歩きました。みちすがらの道路に二本の赤錆が横切っていました。

6.雄別定年後の生活設計の悲劇

雄別炭礦の閉山以前、定年退職が近い人たちの将来の人生設計をどうしていたのかお話しましょう。 1万名以上が住んでいた雄別の敷地は炭礦のものでしたから、退職すると雄別から離れていかなくてはなりません。