生活一覧

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雄別鉄道無料券支給

雄別炭礦および関連会社の社員には雄別鉄道の無料券が支給された。勤続年数と資格により枚数が決まっていた。記憶は定かではないが12枚(往復すると6往復)貰っていた記憶がある。

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親子でSL運転室

汽車に乗り遅れそうになった時、機関士の方が私達親子を一番前の運転室っていうのかな、そこへ抱えあげるようにして乗せてくれました。石炭をくべる赤い火を見ながら古潭まで行きました。

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住所が番外地

番外地といえば網走番外地、網走番外地といえば高倉健の網走刑務所・・・と連想し「番外地見たいな場所に行けというような会社には今から入社辞退したら」と言うではないか。

ヤギュウカイ

シュンクシタカラ川に取水場があり、その付近でヤギュウカイ(野遊会がなまった)をしていました。これは、住民が集まって、川のどじょうやカジカをすくって鍋に仕立てたもので、山形で言う「芋煮会」(大鍋に豚肉や里芋などをいれ味噌味で煮たもの)のようだった感じがします

布伏内の冬

布伏内の冬は寒く、秋の終わりに窓の外にビニールを張ったものです。ところが、室内を石炭で暖かくするもので、ビニールと窓ガラスの間に結露し、氷状態になっておりました。春になるとこのビニールは剥がしました。

雄別の思い出(野生動物編)

熊のあとはエゾシカを食べました。今は阿寒町の特産でエゾシカバーガーが有名になりましたが、熊よりも美味しかったことを憶えています。ヨーロッパではその昔、鹿は貴族の食べ物と言われたものですから、なるほどと感じました。

独身寮の食事

寮といえば1ヵ月の食事代が給料から天引きされていたのですが、初任給2万数千円の時代に食事代は3千円か2千円ぐらいだったと思います。おじさんとおばさん御夫婦とお手伝いの2人のお嬢さんで食事・掃除などの管理をされていました

雄別でのボーイスカウト(その1)

今は釧路市と合併してしまいましたが、雄別炭礦の所在地は阿寒町でした。阿寒町の人口の60%が雄別炭礦関係者でしたから、それぞれの区というか町内にいろいろな団体があることは皆様のお住まいになっている所と変わりありませんでした。

山神祭りと運動会裏話

雄別炭礦の規模だと、社員の福利厚生の一環でさまざまな行事がある。最大のものは山神祭で、6つの区が輪番で担当する。相当以前は「みこし」はかついだそうだが、私がいたときは「みこし」はトラックに積まれて練り歩く中心にいました。