雄別炭礦一覧

あかん2005年5月号

雄別炭礦には、形に残る炭礦遺産は数少ない。阿寒町雄別に「雄別炭礦」と称する大手炭砿があった事実が「炭礦遺産」である。 雄別炭礦は、他の炭砿閉山との相違は、体力を残した閉山で、真面目な念入りな跡始末、閉山後35年の経過が物語る。

雄別炭礦の閉山の真相

雄別炭礦は昭和45年(1970年)2月28日に閉山した。 この閉山事情は今もって語られることは少ない。通常企業がなくなる場合、その多くは経営がなりたたなく「倒産」することが多い。いろいろな本にも倒産により閉山と書かれているものがみられる。

雄別礦業所の思い出

当時雄別礦業所には約1,200人の従業員が勤務しており、その家族及び関連会社・協力会社を含めると、雄別・布伏内地区で約12,000人が住む一大生活圏を形成しておりました。

坑内での時間外作業

間接夫、特に電気の新設作業等では、布設したケーブルとマインパワー(防爆形乾式変圧器:1次側3300V、2次側400V・200V、操作用50V)に採炭機械との接続、電動機の回転方向の確認が2時間位の残業、採炭終了後の電気機材撤収作業等は休日出勤で行ないました。

16.坑内浴場

坑内浴場は通りに面した、中に鉄パイプ製が付いた階段を上がると、左側が裏(坑口側)からも出入りできました。浴槽は周りが洗い湯、中側似1段高い上がり湯で4箇所から出入りできました

8.謎のアメリカ人

鉄道オタクは昔から多かったですね。最近は「鉄女」なる言葉もマスコミに載るようになりました。ただ鉄道に乗るだけの趣味から、電車に詳しい人、最高は蒸気機関車マニアでしょうか。

7.雄別の生活:理髪店

ある時、雄別(布伏内含む)の理髪店主全員が、会社に値上げ申請に来ました。私はそれを知り「散髪料金まで会社が決めているなんて」と、びっくりしました。炭砿って普通の会社とは違うものだと思ったのです。

6.雄別定年後の生活設計の悲劇

雄別炭礦の閉山以前、定年退職が近い人たちの将来の人生設計をどうしていたのかお話しましょう。 1万名以上が住んでいた雄別の敷地は炭礦のものでしたから、退職すると雄別から離れていかなくてはなりません。